BAKULAB。

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2014-02-09

岩倉具視の暗号表見つかる!!

2014-02-09
いろんな新聞やメディアに取り上げられていますね。
幕末・維新史が変わるかもしれません。
記事によって出ている内容が違っていたので、ちょっとまとめて見ました。


重要文化財レベルの資料が数百点、全部で数万点の資料

発見されたのは、私塾「山本読書室」跡の土蔵。
この宿は、江戸〜明治期の本総学を行っていた私塾で、重要文化財レベルの資料が数百点、全部で数万点の資料が発見されたそうです。


岩倉具視が1877年、西南戦争の際に九州の戦地などとやりとりした秘密通信文。

朝日新聞などの記事によると、岩倉が、九州の戦地や大阪の大久保利通らと交わしたもので61通、円盤状の暗号表などを駆使し、全国各地の情報収集をしているらしいです。

「山本読書室」の創立者・山本亡羊の孫、復一は岩倉の腹心(秘書を務めていて)、これらは、岩倉に捨てろと言われていたが、捨てずにとっておいたもののよう。

以下は、現在公開されている記事からまとめです。



「山本読書室」跡

*江戸時代後期の本草学者・山本亡羊ぼうよう(1778~1859)の主宰した塾
*本草学(博物学)の一大拠点として1811~1903年に開設
(別の記事では、1786年から120年近く続いた本草漢学塾「山本読書室」跡(京都市下京区)って書かれていた)
*医学や儒学などを学ぶため、全国から門人が来ていた
*職業も多様で、年齢も10~30代と幅広かった
*明治維新まで半世紀の間、ほぼ毎年物産展示会を開催
*シーボルトとも交流があった
*2階建ての約100平方メートル


発見された資料

*書籍・古文書類約6000件、書画類約1000件、博物標本などが発見
*史料数万点は平安から明治まで幅広い年代のもの
*岩倉関連の史料は数百点
*約230個の収納箱や約120の包みなどに納められていた
*松田教授が刊行した目録は総項目7517件


発見されたもの(具体例)

*岩倉具視が西南戦争で使った暗号表
*岩倉具視が大久保利通らと交わした秘密通信文61通
 ・西南戦争に士族を徴兵するかどうかをめぐる政府内の混乱
 ・鎮圧軍トップの職を狙う木戸孝允と大久保利通の争いなど
*徳川慶喜が新政府軍に攻撃中止を求めた直筆哀訴状
*菅原道真直筆の可能性がある写経(9世紀)
*淀殿が記したとみられる書状
*極楽鳥の標本(江戸時代)
*13世紀の源氏物語の写本
*16、18世紀のオランダ語植物図譜
*日本の本草学(博物学)をリードした新井白石や貝原益軒の書簡
*100年間行方不明だった日本の本草学の象徴・松岡恕庵の採薬刀
*国内で唯一現存する江戸時代の極楽鳥標本


暗号表

*「岩倉右府公手許ニ於テ復一カ取扱タル暗号電信表」
*大小2枚の円盤の周りにカタカナ(「イ」「ロ」「ハ」など)が書かれ、小さい円盤を回して文字を変換
*大小の大きさは、直径12センチと10センチ
*円盤は紙製
*号が見破られないよう文字変換のパターンは5通り


秘密通信文の西南戦争に関する内容

*宮崎県で情報収集した新政府が反乱士族について「(士族の一部は)ハンシン(反乱の気持ち)アレドモ動カズ」と発信した電報
(同日午後4時すぎに東京の海軍省に届き、岩倉に報告)
*「不平士族は西南戦争の勝敗を見て進退を決めるので、治安維持のため早く確実な情報を伝えた方がよい」と政府高官の一人が同月5日、岩倉に進言
*前島密は同日付の岩倉宛て書簡で「ご指示に従い、士族の動きが不穏な山形県には官軍の勝報を毎日、電信でお知らせします」と記す
*田原坂攻防戦後も西郷隆盛の軍は抵抗
*明治政府は、高知県での反乱の動きを心配し、士族を募集すべきか、派遣するのは九州か高知か、意見がまとまらない京都での閣議
その様子を、参議大木喬任は「(募集を)ヨセトモ。云ワレズ。ヨスナトモ。云ワレズ」と報告
*岩倉に最終決定を一任することに政権トップの太政大臣だった三条実美や大久保利通、伊藤博文も同意
(西日本新聞より)


慶喜の直筆書状

*江戸攻撃が8日後に迫った1868年3月7日、岩倉の息子で官軍を指揮していた岩倉具定(ともさだ)に届けられたもの
*「慶喜一身」が罰を被り、「無罪之生民」が苦しみを免れるように江戸攻撃の中止を求める内容
*書写され、回覧された書面は知られていたが、直筆は初めて


その他

*亡羊の孫・復一が岩倉の秘書を務め、伝記「岩倉公実記」の編集に携わったことから、保管
*山本亡羊(ぼうよう)の孫の復一が岩倉の腹心(秘書?)



個人的には、
「鎮圧軍トップの職を狙う木戸孝允と大久保利通の争い」
に、何が書かれてたか気になります。


また、敵味方、別け隔てなく看病する赤十字の病院の設立の件は、岩倉に対し「意外」という書き方をしている報道もありましたが、大久保ならおかしくない気がします。


早くいろいろ解明されて、見れる日が来るといいですね。




◆関連記事・リンク
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◆参考資料
岩倉具視、暗号表を駆使…重文級史料が数万点(読売新聞)
岩倉具視の暗号表見つかる 京都の私塾跡、慶喜の書状も(朝日新聞)
京都の漢学塾跡:岩倉具視の暗号表発見 重文級など数万点(毎日新聞)
岩倉具視の暗号表などを発見(NHK NEWS WEB)
命令反し西南戦争の秘密文保管 岩倉具視、情報の厳密管理も(西日本新聞)
WORD BOX 西南戦争(一番詳しい)
京で日本最古の新聞発見 「文久二年正月元日」印刷(京都新聞)


 
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