本日、5月14日は大久保利通の命日です。 大久保利通は、明治11年5月14日、石川県士族の石川県士族島田一郎らによって、その生涯を閉じました。 享年で49歳でした。 今回は、大久保利通その一周忌の話をしようかと思います。 川路利良大警視らは石灯籠を送る 大久保の...
2017-05-14
2017-05-14
2015-11-22
大久保利通の幕末明治当時の臨場感が伝わる〜「大久保利通とその時代」の企画展
2015-11-22
国立歴史民俗博物館の「大久保利通とその時代」の企画展に行ってきました。 結構前に行ったのですが、ブログにまとめていなかったので、そのまとめです。 佐倉の歴博に行って、「大久保利通とその時代」を見てきた! ゆっくり見れて満足( ´ ▽ ` )ノ pic.twitter....
2015-05-20
大久保利通が最期に書いた伊藤博文宛の手紙
2015-05-20
大久保利通が最期に書いた絶筆は、伊藤博文に宛てた手紙です。 その内容は大久保が、明治11年5月14日当時、太政官で地方官の進退府県の統合など、内務省官の重要問題を議定しようとし、伊藤博文、大隈重信などに参朝を告げたものでした。 紀尾井坂の変の30分前にしたためたものです。 ...
2015-05-14
大久保が死の直前まで持っていた西郷からの手紙〜紀尾井坂の変
2015-05-14
本日、5月14日は大久保利通の命日です。 137年前、紀尾井坂の変で倒れました。 (2015/11/22 補足) ※この記事は、東京日日新聞と当時の人の証言をもとに記載しています。 大久保の所持していた手紙の1通は、明治11年5月13日付の楠本正隆書簡で、起業公債発行に...
2014-05-14
大久保利通が死の直前に山吉盛典に伝えた未来〜済世遺言
2014-05-14
本日、5月14日は大久保利通の命日です。 136年前の明治11年5月14日午後8時、石川県士族島田一郎らによって、紀尾井坂の変で倒れました。 その直前、彼を訪れた福島県令の山吉盛典に、今後の明治の将来について、話したとされます。(「済世遺言(さいせいいごん)」) ちょ...
2014-01-28
岩倉具視は手紙の裏に「大久保利通の死を悼む気持ち」を書いて拝んでいた
2014-01-28
明治11年5月14日、大久保は紀尾井坂の変で、石川県不平士族の手にかかり、暗殺されました。 最後の書簡は、 伊藤博文にその早朝宛てた手紙 だといわれていますが、その前日、大久保利通は岩倉具視宛に書簡を送っています。 書簡の裏側に描かれる岩倉具視の「大久保利通の死」を悼...
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