BAKULAB。

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2016-01-31

◆敬天愛人の石碑【鹿児島/城山/西郷隆盛】

2016-01-31
JR鹿児島本線の城山トンネルの入り口の上に、「敬天愛人」の石碑があります。


城山から西郷洞窟横の道を下だり、西郷隆盛終焉の地へ向かう途中に「敬天愛人」の石碑」の看板があり、矢印の方向を見るとトンネルの入り口の上に「敬天愛人」の文字が見えます。





「敬天愛人」は、西郷隆盛が沖永良部島に流罪されたときに会得

「敬天愛人」は、西郷隆盛の有名な座右の銘で、聞いたことのある人も多いはず。

よく「天を敬い、人を愛す」と訳されますが、その本意は「南洲翁遺訓」の「二十四  人が踏み行なうべき道は」に見ることができます。

原文
「道は天地自然の物にして、人は之を行ふものなれば、天を敬するを目的とす。
天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。」


「人が踏み行なうべき道は、常に上に天があり下に地があるように、人為が作り出したものではなく、天によって与えられた通りを実践することであるので、天を敬うことを目的にしなければならない。
天は他人も私も区別なく愛されるので、自分を愛する心を持って他人を愛することでなくてはならない。」


「敬天愛人」は、西郷隆盛が文久2年(1862年)に、国父である島津久光の怒りを買い、沖永良部島に流罪された際に、沖永良部島での過酷な牢獄生活の体験を元に会得した思想だとか。

沖永良部島には、「敬天愛人」発祥の地の石碑もあるようです。



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◆MAP:「敬天愛人」の石碑


◆参考
・西郷隆盛・著、猪飼隆明・訳解説 2007年 角川学芸出版「ビギナーズ 日本の思想 西郷隆盛 「南洲翁遺訓」」
 
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