「第26回 全国龍馬ファンの集い関東大会 IN 横浜」の「特別企画展 幕末維新遺墨展」@人形の家に行ってきました。 2014年9月13日から2014年11月3日まで開催しています。 有名な龍馬が霧島温泉で乙女姉さんに宛てた手紙(複製)や木戸孝允宛の新...
幕末維新ラボ、略して「バクラボ」。幕末維新の三傑の一人、大久保利通(大久保一蔵)にフォーカスしたサイトです
「第26回 全国龍馬ファンの集い関東大会 IN 横浜」の「特別企画展 幕末維新遺墨展」@人形の家に行ってきました。 2014年9月13日から2014年11月3日まで開催しています。 有名な龍馬が霧島温泉で乙女姉さんに宛てた手紙(複製)や木戸孝允宛の新...
鹿児島加治屋町の側の高見橋の信号側に大久保利通の銅像があります。 この銅像は没後100年を記念し、昭和54年(1979年)9月26日に彫刻家・中村晋也氏によって制作されたものです。 9月26日といえば、大久保の誕生日ですね。 大久保利通像 ...
島津久光と大久保利通は、万延元年(1860年)3月、初めて面会したといいます。 当時、水戸藩浪士と連携し、井伊直弼ら幕閣を襲撃する突出計画が遂行し、大久保が誠忠組のリーダー格となって動いていたときです。 大久保はその年の閏3月には勘定方小頭格に任命され、それ以降、久光の...
大久保利通は、天保元年庚寅8月10日(1830年9月26日)、薩摩国鹿児島城下高麗町に、薩摩藩士・大久保利世(子老)と皆吉鳳徳の次女・福の長男として生まれました。 幼年の頃、家族と共に加治屋町(下加治屋町方限)に移住したといいます。誕生の記念碑も移り住んだ後の旧宅にあり...
大坂に濱寺公園の惜松碑があります。 大坂の濱寺は数里に渡る白浜と松の名勝で、紀貫之や藤原定家なども、この美しい景勝地を眺め、和歌を残している場所です。 高師の濱の松が士族授産で伐採 そんな名勝が、明治五年、士族授産のため人民に払い下げ、同年の12月から樹木が伐採される...
薩英戦争時の大久保さんの動向が気になったので、調べてみました。 薩英戦争は、文久三年の七月二月から七月四日、生麦事件の解決を迫る英国と薩摩藩で行われた戦争。 生麦事件から足あとを追ったほうが面白いと思うのですが、ここでは、薩英戦争時の大久保さんを調べたので、アッ...
本日、5月14日は大久保利通の命日です。 136年前の明治11年5月14日午後8時、石川県士族島田一郎らによって、紀尾井坂の変で倒れました。 その直前、彼を訪れた福島県令の山吉盛典に、今後の明治の将来について、話したとされます。(「済世遺言(さいせいいごん)」) ちょ...
開成館は、郡山の疎水事業である安積開拓の中心的役割を担った「福島県開拓掛」の事務所だった場所です。 大久保も絶賛、美しき擬洋風建築 明治天皇の東北行幸でも、明治9年には行在所として、明治14年には昼食会場として使用されています。 明治7年に建設された擬洋風建...
安積疎水は、猪苗代湖から安積地域へ水を引き、原野に農業用水、工業用水、飲用水を供給している疎水です。 もともと、安積地方は水源に乏しく、干ばつの影響を受けやすい地域でした。 中條政恒が大久保利通に進言し動き出した安積疎水事業 明治維新後、当時、安積疎水事業は、開...
大久保神社は、明治22年に、安積疏水の恩恵を残した大久保利通の遺徳を永く伝えるため、建立された神社です。 大久保利通の遺徳を伝える神社 郡山の、市街地からちょっと離れた所にあります。 JR郡山駅から車で10分ちょいぐらい。 安積公民館牛庭分館の中にあ...
幕末鴻門の会 の舞台となった柳橋。 「浅草橋駅」から徒歩10分弱の神田川の最後にかかる橋で、台東区と中央区の間にあります。 春の夜や花見返る柳橋 実際の柳橋。現在の橋は昭和四年(1929年)完成のものです。 柳橋は、渡船で往来していたが、不便だ...
大久保一蔵の意外な一面が見れる逸話があります。 それは、 文久二年(1862)年、薩摩藩国父である島津久光が千の兵を連れて、上京したときのことです。 その際、薩摩藩国父、島津久光は朝廷の信頼を得て、勅書を受け取りました。 長州の周布政之助らとの会席 ...