開拓者の群像は、1992年にふるさと創生事業として建立されたモニュメント。 郡山の開成山公園に拓者の群像があります。 群像のメンバーは、安積開拓の父・中條政恒、安積開拓決定のキーパーソン・大久保利通、安積疎水を決定づけたファン・ドールンです。 安積開拓をモチーフに作...

幕末維新ラボ、略して「バクラボ」。幕末維新の三傑の一人、大久保利通(大久保一蔵)にフォーカスしたサイトです
開拓者の群像は、1992年にふるさと創生事業として建立されたモニュメント。 郡山の開成山公園に拓者の群像があります。 群像のメンバーは、安積開拓の父・中條政恒、安積開拓決定のキーパーソン・大久保利通、安積疎水を決定づけたファン・ドールンです。 安積開拓をモチーフに作...
伊藤博文が大磯の滄浪閣で話した話の続きです。 (→(記事) 大久保利通は立憲政治を目指していた ① ) 大阪会議は実は、民間政客の意志によって成立したもののように伝えられていますが、 事実の真相を誤っていると伊藤は言っています。 国会の将来を思い木戸を推したい ...
伊藤博文が大磯の滄浪閣で話した話が「甲東逸話」に載っており、それが興味深いものだったので紹介します。 その内容は、大久保利通の死後、憲法制定の頃、板垣退助が演説された新聞記事を見て語ったもの。 大久保を最近でも専制主義の人という見方がありますが、そうではないと伊藤が語っていま...
11月23日「大相撲九州場所・千秋楽」が行われ横綱白鵬が、横綱鶴竜を下し、大鵬に並ぶ歴代最多32回目の優勝を飾りました。 大久保と明治天皇が相撲という伝統文化を守った!? その優勝の際のインタビューの中で、 「明治時代の初期。大久保利通という武士と明治天皇が(相撲という...
国立国会図書館の企画展示「 あの人の直筆 」に行ってきました。 2014年10月18日(土)〜11月18日(火)までやっています。 幕末志士の充実した書翰類、大久保利通の書翰も あの人の直筆ポスター 勝海舟の自画自賛の書翰や坂本龍馬、中岡慎太郎、高杉晋作ら...
大久保利武(大久保利通の三男)の話に「裏霞ヶ関の今のベルギー公使館、あれが元の家で、今からみると誠に粗末極まる建築で、それでも今の公使館は多少増築改造もして、以前よりは立派になっておるし、庭園の模様などもまるで変わっております。」とあります。 (※「大久保利通(佐々木克/講談社...
今現在も10月の第4週になると行われている「妙円寺詣り」は、鹿児島市内から日置市伊集院町の妙円寺までの道のりを歩いて参拝する伝統行事。 島津義弘が敗北した苦難と壮挙を偲ぶ明円寺詣り 慶長5年関ヶ原の戦いで島津義弘が敗北したその苦難と壮挙を偲ぶために、 片道約20...
鹿児島市加治屋町の川沿いに大久保利通生い立ちの地があります。 「 大久保生誕の地の碑 」とありますが、この場所は生い立ちの地です。 ただ、建てた後に” 実は生誕の地が、高麗町の方にあること ”に気がついたそうです。 (記事「 大久保利通生誕之地【鹿児島/...
大久保一蔵(利通)と坂本龍馬の二人の仲が伺えるエピソードを紹介します。 龍馬、横井小楠に大久保に会った話を 徳富蘆花が、父、徳富一敬(いっけい・かずたか)の談話を聞いてまとめた「青山白雲」に、「沼山津村」という話があり、その中で坂本龍馬が、大久保に会った時の話が...
大久保利通生誕の地は、甲突橋を渡った高麗町にあります。 場所は、西郷隆盛生誕の地から川をわたってすぐ近く(5分ぐらい)でした。 ひっそりと駐車場の前に碑があります(2014年5月)。 大久保利通誕生之地の碑 大久保利通の生誕の地の碑は2つ!? 勝田...
本日、9月24日は、西郷隆盛の命日です。137年前の明治10年9月24日に西郷隆盛は亡くなりました。 薩摩兵は300、対し政府軍は4万 9月24日、午前4時に政府軍の城山総攻撃が始まりました。 西郷らは洞窟前に整列し、岩崎口に進撃したといいます。 城山...
「第26回 全国龍馬ファンの集い関東大会 IN 横浜」の「特別企画展 幕末維新遺墨展」@人形の家に行ってきました。 2014年9月13日から2014年11月3日まで開催しています。 有名な龍馬が霧島温泉で乙女姉さんに宛てた手紙(複製)や木戸孝允宛の新...
鹿児島加治屋町の側の高見橋の信号側に大久保利通の銅像があります。 この銅像は没後100年を記念し、昭和54年(1979年)9月26日に彫刻家・中村晋也氏によって制作されたものです。 9月26日といえば、大久保の誕生日ですね。 大久保利通像 ...
島津久光と大久保利通は、万延元年(1860年)3月、初めて面会したといいます。 当時、水戸藩浪士と連携し、井伊直弼ら幕閣を襲撃する突出計画が遂行し、大久保が誠忠組のリーダー格となって動いていたときです。 大久保はその年の閏3月には勘定方小頭格に任命され、それ以降、久光の...
大久保利通は、天保元年庚寅8月10日(1830年9月26日)、薩摩国鹿児島城下高麗町に、薩摩藩士・大久保利世(子老)と皆吉鳳徳の次女・福の長男として生まれました。 幼年の頃、家族と共に加治屋町(下加治屋町方限)に移住したといいます。誕生の記念碑も移り住んだ後の旧宅にあり...
大坂に濱寺公園の惜松碑があります。 大坂の濱寺は数里に渡る白浜と松の名勝で、紀貫之や藤原定家なども、この美しい景勝地を眺め、和歌を残している場所です。 高師の濱の松が士族授産で伐採 そんな名勝が、明治五年、士族授産のため人民に払い下げ、同年の12月から樹木が伐採される...